エコノメソッドでプロサッカー選手を育てるまでのブログ
(仮の題名)「サッカーが大好きな国でプレーするまでの話」

2度目の怪我と奈良クラブトップ昇格内定

2度目の怪我と奈良クラブトップ昇格内定

長男がフランスから帰ってきました。

「やっぱり海外は楽しい。これまで学んできたサッカーが出来る。」

そう実感した長男は,これからまた日本でプレイことに複雑な気持ちでした。実はフランスでのプレイ中も膝の痛みを感じていましたが,楽しさが勝り,アドレナリンが出て,痛みを誤魔化していました。少しの休息を挟んで,ユースの練習が再開します。私は一抹の不安を抱えていました。

その不安は現実のものになりました。練習中に再び膝を痛めてしまいました。その様子を観ていた私は反省をしました。フランス遠征に向けて回復を急ぎ,かなり無理をしていたので,帰ってきてからすぐに治療院に行くべきでした。この怪我が原因で,クラブユースの全国大会出場をかけた試合に万全な状態で挑めなくなってしまいました。

そんな失意の気持ちでいるときでした。

クラブから長男のトップチーム昇格の知らせが届きました。

私はそのことを長男に話しました。実は私は大学進学も進路の選択肢に入れていました。それは親心からくるものでしたが,長男は迷いなく昇格を受け入れました。つまり長男は高卒でプロサッカー選手になる道を選んだのでした。

私は大卒で小学校教員になりました。地方公務員として25年働きました。社会的に信用が高い仕事と安定した収入を得たことで,これまでの学費や仕送りで支えてくれた両親に恩返しが出来たと思いました。そんなお堅い人生を歩んだ私からしたら長男が選んだ道は,憧れのようでもあり,ハイリスクでもありました。長男は自分が決めた目標に向けて突き進み,高卒でスタートラインに立ったのです。ただただ尊敬しかありません。それと同時に長男の目標のために選んだ道が間違いではなかったと安堵した瞬間でもありました。

6月,クラブから長男のトップチーム昇格が正式に発表されました。そのタイミングに合わせて,ホーム戦時に記者会見を行いました。私は長男の記者会見に同席し,長男の晴れ舞台を目に焼き付けました。その会場にはともに長男の成長を見守って来た濵田さん(奈良クラブ社長)とダリオ(奈良クラブユース監督)もいました。ともに描いた未来を実現させた達成感と安堵感は大きなものでした。

こうして長男は奈良クラブユース初の昇格選手としてクラブの歴史になったのでした。そしてそれは次の目標である海外でプレイすることへの始まりでもありました。

 

次回は「失意のクラブユース代表決定戦」です。