初サッカー指導
私がサッカーの指導に初めて関わったのは小学校対抗のサッカー大会でした。
あくまで有志の先生たちが非公認で行っている大会でしたが,それなりに歴史があり,学校間の子どもたちの交流も含めた素敵な企画でした。
私がその学校に赴任した時には,そのような大会の存在は知りませんでしたし,指導にも関心がありませんでした。
なぜなら普段の仕事が指導なので,休日は指導から離れたかったからです。
それでも同僚先生に頼まれたので引き受けてみました。
目標と手立ての設定から
そもそも小学生のサッカーを体育以外で指導したことはありませんから,どのように指導したらいいのかわかりません。
だから,まず最初に「チームの目標」を決めるところから始めました。
サッカー大会に参加希望をする子どもたちを会議室に集めて話し合いをしました。
私からしたら目標なんて何でもいいのですが,子どもたちが自分たちで目標を決めてくれないと指導しようがありません。
わざわざ放課後に練習して休日に大会に参加するのですから,全員が楽しまなくてはもったいないです。
これまで教師主導で生活してきた経験が長かった子どもたちだったようで,自分たちで目標をきめることは難しい課題だったようですが,とりあえずありきたりですが「優勝」という目標になりました。
次はどうやって優勝という目標を達成するかです。
つまり目標達成するための手立てを自分たちで決めるということです。
この年は,「全員で攻撃し,全員で守備をする」というような「手だて」だったような気がします。
なかなかいい手立てです。
次は,目標を達成するための手立てを習慣化するために練習をしなければいけません。
どのような練習をすれば優勝できるのか?
子どもたちは,普段は先生にぶつぶつと文句を言うくせに,自分たちに任されると困ってしまいます。
「それだったら文句を言うなよ」と私は思うのですが,まあ子どもなんで可愛らしいところです。
私は「全員で攻撃の練習をして,全員で守備の練習をすればいいんじゃないの?」とアドバイスしました。
この時の私はまだまだ不勉強で,「攻守の切り替え」については触れられませんでした。
練習開始
いざ自分たちで練習を始めると,主に地域のスポ少に入っている子が中心になって,チームでやっている練習を活用していました。
そこに私が入ってアドバイスしていくというスタイルでした。
大会が近づいてくると,もっと細かいところを皆で決めていく必要が出てきました。
例えば,選手のポジションは?
とか,選手起用は誰が?
とか.それぞれのプレー時間は?
等々です。
別に責任逃れをしたいわけではありませんが,この大会は有志とはいえ学校の教育の一環です。
だから,どんな結果になったとしても,子どもたちに豊かな学びがなければいけません。
大会当日まで,チームで決めたキャプテンと副キャプテンを中心に,詳細を詰めていきました。
人生初の監督として
大会当日,私は人生初の監督としてサッカーに関わりました。
会場は三重県志摩地方のグランドで,海風が吹く寒い日だったことを覚えています。
結果は準優勝でした。
トーナメント方式だったので勝敗数は3勝1敗ぐらいだったでしょうか。
この年の6年生は元気な子が多く,チームをよく盛り上げ,自分たちの責任をよく果たしてくれました。
攻撃の選手は得点を奪い,中盤の選手は積極的にプレスし,守備の選手は粘り強くゴールを死守しました。
「全員攻撃全員守備」を手だてにしていたので,皆がよくボールに関わりました。
私はそんな子どもたちの姿から密かに指導の楽しさを感じていました。
子どもたちを勝たしてあげたいと言う気持ちが強くなりました。
勝ちたいのは誰?
なので一つだけ余計なことをしました。
それは準決勝のときです。
チームは相手と一進一退でしたが,どちらかと言えば押されていました。
なぜなら,相手チームには賛否は置いておいて明確な戦術があったからです。
それはいわゆる「速い子をFWに置き,ボールはその子に集めて,後は粘り強く守る」というものです。
私はこう伝えました。
「Aは守備に参加しないで右のウィングの位置に残っていな。」
Aはこのチームで一番テクニックがあるウイングタイプの選手でした。
「全員守備」と言う手だてがあるので,Aも守備参加して自陣深くまで戻っていましたが,それだとボールを奪っても攻め上がるのに時間がかかります。
相手は中央を粘り強く守っていたのでサイドにはスペースがありました。
結果は,私のアドバイスが見事にはまり,Aが得点をして決勝に進出することになるのでした。
チームは盛り上がりました。
私も嬉しくなりました。
でも,今になって振り返ると,私がしたアドバイスは
「自分が勝ちたい欲望を子どもを使って表現した」
だけだったと思います。
Aが残ることで結果的に守備をしていることにもなるのですが,「残る」ことは子どもたちが考える全員守備ではなかったはずです。
せっかく子どもたちが目標や手立てを決めて取り組んできたのに,私は一番大事なところで子どもたちが考えさせる機会を奪ってしまいました。
「どこに自分たちが攻めるスペースがあるかな?」
とか
「攻撃の選手はどこまで守備に参加すると,攻撃する時に前に出やすいかな?」
等とアドバイスできていれば,たとえ負けていたとしても学びは大きかったように思います。
指導の「芯」
私のアドバイスによって決勝に出ることが出来て,準「優勝」したわけですから,一見目標を達成したように見えますが,勝つことで失うものがあることを私は学びました。
「勝てばそれでいいやん。」
確かにそうかもしれませんが,私は子どもたちがどのように勝つかについても考えるようになりました。
実際,次年度はこの経験をした子どもたちが中心に進んで話し合いをしましたし,サッカーの質も上がりました。
しかし,昨年ほどの個の質が高くなかったのと,明確な戦術が無いチームでしたので,得点が奪えずに残念ながら1回戦で負けてしまいました。
それでも子どもたちは誰のせいにもしませんでしたし,自分たちの力不足をきちんと振り返っていました。
これはこれで素晴らしい経験であり豊かな学びだと思うのです。
私はこの2年間を通してサッカーで育成年代の子どもを指導するための「芯」のようなものを学びました。
子ども主導の柔軟さ
しかし,年が変われば子どもも変わります。
どんなに「芯」があっても昨年通りの指導が通用しないことがあるということも今後の4年間で学ぶことになります。
学校もサッカーも子どもが主役であり,子どもに寄り添った柔軟な指導が大切だと言うことです。
でも,これがまた難しい。
過程と結果。
どちらも得ることは至難の業です。