エコノメソッドでプロサッカー選手を育てるまでのブログ
(仮の題名)「サッカーが大好きな国でプレーするまでの話」

二男と三男が山梨へ移籍する

二男と三男が山梨へ移籍する

ジュニア期に所属していた街クラブを辞めた息子達。長男はグランデ・アメージング・アカデミーに入団しましたが、二男と三男は無所属になりました。

そこで私が考えたことが、「長男に会いに行くついでに二男と三男が山梨でサッカーをプレイ出来ないか」ということです。

私はグランデの代表の方に相談しました。その結果、二男と三男がグランデのジュニアチームに所属することになったのです。それも正式に入団するので公式戦にも出場できます。三重県伊勢市から山梨県北杜市まで約400㎞離れているチームに所属することになった二男と三男。常識的に考えたら無茶苦茶です。それでも長男に家族で会いに行く口実は出来ました。

それからというもの1ヶ月に2回は週末に山梨に行く生活が始まりました。

土曜日の試合に間に合うように山梨に着くためには、早朝2時か3時には実家を出ないと間に合いません。約4時間の早朝ドライブを経て集合場所に着くと、U12カテゴリーの二男はチームのバスで試合会場に移動します。三男はU10カテゴリーなので私が試合会場まで送迎します。

二人の試合の合間に長男の試合を観たり寮の掃除をしたりします。時には長男が長野県で試合、二男が甲府市で試合、三男が韮崎市で試合なんてときもありました。

これまで縁が無かった山梨県を縦横無尽に走り回るようになるのですから人生は不思議なものです。

二男と三男は山梨にサッカー仲間が出来ました。こんな破天荒な家族をあたたかく受け入れてくれたチームのスタッフや保護者の皆様には感謝しかありません。夏には仲間の家に泊めていただき、バーベキューや虫採りをさせてもらったりしました。二男はわざわざ山梨県まで行ったのに三重県の隣の愛知県に戻ってくるという県外遠征にも参加しました。

二男と三男は地元のクラブの所属していたときよりもサッカーをする機会は減りましたが、週1でバルセロナアカデミー奈良に通っていたので、何とかサッカーから離れるということはありませんでした。しかし、二男と三男からは競技としてサッカーに打ち込む感覚は徐々に薄れていきました。サッカーはすいでにするという感覚になっていきました。

私に振り回された二男と三男。本音ではしんどかったと思います。もし、二人が地元のクラブでサッカーを続けていたらどうなっていたのだろうと今でも考えることがあります。しかし、このときはそんなことを考える余裕はなく、私は長男に会いたい一心で週末に向けて平日の仕事をこなしていました。

 

次回は「山梨県の公立中学校に集まった全国の曲者たち」です。