感慨深い卒業式と衝撃の退寮
ついに山梨県の公立中学校を卒業する日がやってきました。
入寮した日に,3年後のこの日ははるか遠い未来のように思えました。それ程,家族が離れ離れで生活することの非日常さを私自身が受け入れられませんでした。仕事は手につかず,家族間でも些細ないざこざが増えてしまいました。想定外のコロナ禍も重なったことはまさに追い打ちでした。
それでも振り返ってみればあっという間のように感じます。走行距離だけを見れば,家族が一丸となって本当によく頑張ったと思います。正直なところ思い描いた未来とは違いましたが,それでもできることは精一杯やったつもりです。
卒業式は様々な思いがこみ上げてきました。中2病の長男はかなりそっけないですが私はどうしても感傷的になります。式後,卒業生の子ども達と保護者のみの謝恩会が行われました。その会の中でアメージング・アカデミーの保護者全員で地元の保護者に向けてご挨拶をさせていただきました。突然,全国から入学してきた20名の自己主張が強い男子達を戸惑いながらも温かく受け入れ,コロナ禍でも大切に見守っていただいたのですから感謝しかありません。子ども達は3年間ですっかり小淵沢っ子になりました。高校生になればまた全国で挑戦の日々が始まります。さすがにどの子も別れが名残惜しそうでした。親としてその姿は微笑ましく感じました。
しかしそんな感傷的な気分もその日まで。翌日の退寮日は衝撃の連続でした。まずは部屋が全く片付いていない。荷物が多すぎる。卒団セレモニーで大人対子どものサッカーの試合がある。
どうせ親がやってくれるだろうと高を括る子ども達に腹を立てながら,保護者一同で最後の一致団結です。約3時間かけて荷物を車に積み込み,寮を掃除しました。もうフラフラです。
とどめは練習場のジュネスで試合です。もう中3の男子には身体がついていけません。よりフラフラになりながら何とか必死にプレイしました。
卒団セレモニーはコーチや関係者の話に感慨深くなりつつも,私は帰宅時間が気になって仕方がありませんでした。なぜなら翌日は大阪で試合がある二男を引率しなくてはいけなかったからです。山梨から地元まで約5時間。できるだけ早く帰りたいと思っていました。それなのに,卒団セレモニー後に中学校の同級生達と最後に会いたいと言い出す始末。
結局,山梨を出たのは23時ごろになりました。明日の出発時刻は早朝5時です。私はモンスターエナジーを買って,すやすやと眠る長男を横目に,ひたすら岐路へとついたのでした。
山梨に縁が出来て3年。結局,シャインマスカットは食べられませんでした。コロナ禍で父と母を山梨に連れて行ってあげることもできませんでした。それでも,長男のサッカーのおかげで予想していなかった出会いと経験ができました。「最近,500kmが近く感じる。」と笑って話し合う変態な保護者仲間ができました。次の舞台は奈良です。地元からたったの200km。きっと保護者同士で「500kmに比べたら近いよね。」なんて笑って話し合うのでしょうね。
ありがとう,山梨。さようなら、山梨。
次回は「ユース期」です。
