幸せのフランス遠征
長男の膝の怪我は,総合病院での検査の結果は酷いものではなく,療養と通院,そして信頼している治療院の施術でかなり早く回復していきました。
この年の奈良クラブユースは初めての海外遠征を計画していました。GW明けにフランスで開催されるカップ戦に出場します。この大会にはパリ・サンジェルマンが出場するので,長男からしたらどうしても行きたい大会です。そのためにも治療に熱がこもります。
ちなみにこの遠征にかかる費用もそれなりです。節約生活をしている我が家ですが行かないという選択肢はありませんでした。海外に一度も行ったことが無い二男や三男には申し訳ないのですが,それほどの覚悟で長男の目標を支えているのでした。
いよいよフランスに出発する日がやってきました。長男はフル出場は出来ないものの試合に出場できるまで回復していました。サッカーの神様がいるのなら感謝しかありません。
長男は久しぶりのスーツケースに荷物を詰めこみ,意気揚々と出発していきました。
私はしばらく長男の情報を楽しみに一人暮らしです。
フランスに無事に到着したチームはフランス観光を済ませ,大会会場入りしました。長男曰く,「フランスの料理は味が濃く,腹が減っていたらうまいそうです。」
初戦はいきなりパリ・サンジェルマンでした。小さなスタンド付きのグランドでしたが,サッカーが大好きな国の匂いと透き通った空と乾いた風が,気持ちを高揚させます。
奈良クラブユースはパリ相手に堂々とした戦いぶりを見せます。私は驚いていませんでしたが,普段から取り組んでいるエコノメソッドを導入したトレーニングは西欧のチームほど効果的です。ダリオの戦術は見事にはまり,長男はライン間でのプレイで効果的にビルドアップをサポートし,パリを翻弄して見せました。フィニッシュはどうしても個の質が要求されるので得点こそ奪えませんでしたが,0対1の敗戦にも関わらず,会場からは惜しみない拍手が奈良クラブユースに送られました。パリの選手やコーチも奈良クラブユースの戦いぶりに感心していました。長男は「グッドプレイヤー」と相手コーチや選手に声をかけられたらしく,膝の怪我が回復出来て良かったと思いました。
2戦目は引き分け。3戦目は勝利。この結果,奈良クラブユースは2位トーナメント進出となりました。長男は膝の痛みが後半になると出るらしく,足を引きずる様子が見られましたが,それ以上に海外でプレイできる喜びで満ちていました。
2位トーナメント準決勝が始まりました。試合は0対0のままサドンデスのPK戦になりました。奈良クラブユースは後攻です。長男とジュニア時代からのチームメイトであるGKの選手が,私直伝のPKを披露してくれました。見事に相手のPKをストップして見せました。これで長男が決めれば奈良クラブユースは2位トーナメント決勝です。長男はいつも通り悠々とボールを置き,いつも通りの助走でボールを蹴りました。ボールは相手GKのタイミングを外し,見事にゴールに吸い込まれました。その瞬間,長男はコーナーフラッグ付近に走り出し,ユニホームを脱ぎ捨て,観客やチームメイトともみくちゃになって喜びを表現していました。
実は今年から奈良クラブユースは公式戦ユニホームを新調していました。トップチームが昨年度にサマーリミテッドユニホームとしてデザインしたものと同様に柄になっていて,奈良らしさ,日本らしさが表現されています。フランスの観客はこのユニホールをとてもクールに感じていて,長男が脱ぎ捨てたユニホームを拾い上げて,「このユニホームをくれ~!」と言う感じで振り回していました。当然,あげることはできませんが。
いよいよ決勝です。実は雨天の影響でこれまでのピッチと変更になりました。この試合だけは大会側からネット配信されることになっていたのですが,ピッチが変更になったことで配信されませんでした。私は今か今かと楽しみに画面の前で待っていたのです,よーく見てみると奥の方でゴマ粒ほどの選手たちが植木の隙間から走り回っているのが見えました。もしかしてこれは奈良クラブユースなのでは?と思い,ネットを調べていると現在試合が進行中ということがわかりました。「なんだそれ?」と思いながら,私はひたすらゴマ粒を注視していました。結局,ネット情報で奈良クラブユースが1対0で勝ったことが分かりました。
チームは初めての海外遠征で2位トーナメント優勝。全体で5位。そして最少失点チームの栄誉に輝いたのでした。
クラブがアップしてくれるSNSやYOUTUBEの試合動画で確認すると,最後の試合はなかなかの雨で,ひたすらパッションで乗り切った試合でした。長男もアドレナリンが出まくり,最後はFWでひたすらボールを追いかけ,時間を稼ぎ,泥臭くチームの勝利に貢献していました。このような雨の中でも奈良クラブの試合を観戦に来てくれる現地の方がたくさんいて,奈良クラブの戦いぶりに大きな拍手を送ってくれていました。
帰ってきた長男は,日本食を旨そうにほおばりながら,「最高に楽しかった。パリの子たちとも仲良くなった。やっぱり海外は良いわ。」と興奮気味でした。毎度のことながら,MVPと得点王は今回も獲得できませんでしたが,膝の怪我のことを思うと,全試合に出場出来ただけでも有難いです。
しかし長男の思考に刻まれた西欧のサッカーは,日本でプレイすることで「混乱」としてまたしても長男を苦しめることになるのでした。
次回は「2度目の怪我」です。