名前の物語
私は3人の子宝に恵まれました。それも全員男の子。
我が家は女系家族だったので想定外。生まれてくる前に名前を考えている時もまずは女の子の名前を考えていたぐらいです。
3人の名前は私が考えました。
そもそも長男は男の子ならこれと決めていましたが,二男は女の子を期待して第一候補を考えた結果,男の子だったので考えていた漢字1文字だけを使いました。三男も女の子を期待した結果は男の子だったから使いたかった漢字1文字を使いました。
天からの授かり物ですので,うまくいかないものです。
でも,3人の名前には長男の名前の意味が元になるという素晴らしい物語ができました。
「地に根を下した瑞々しい樹木が豊かな杜をつくる。」
結果オーライです。三男の名前が思いついたときは自分のネーミング力に感動しました。
いつも一緒
私は実家の離れに家を建てました。最初は3人も子宝に恵まれると想定していませんでしたので子ども部屋は作りませんでした。
だから,子どもたちは私たちといつも一緒に過ごしました。今でも寝る時は5人で無理やり寝ています。それが我が家の普通です。
当然,喧嘩することもあります。でも逃げ道はありません。同じ空間で何とかするしかありません。3兄弟はそうやってたくましく愛情いっぱいに過ごしました。
長男が小学校を卒業するまでは。
長男が山梨へ
長男は地元の小学校を卒業して,山梨県北杜市の公立中学校に入学することになりました。アメージングアカデミー山梨(当時はグランデアメージングアカデミー山梨)というサッカーチームでサッカーをするためです。長男はチームの寮で生活します。
ということはいつも一緒だった3兄弟も離れ離れになると言うことです。3人が1人と2人に。これはとても大きな出来事でした。
親としても小学校で子どもを県外に出すという決断は本当に難しく,切ないものでした。
長男がいなくなった我が家はまるで別の家族のようになりました。残った2人は常に1対1になってしまいます。今までになかった喧嘩が増えました。
私たちも長男に会えない寂しさから,きつく子どもに接するようになってしまいました。それだけ長男の存在は私たちには大きかったのです。
そして奈良へ
現在,私達家族は私と長男と二男が奈良で生活をしています。実家には連れ合いと三男がいます。
3年間の時を経て,新たな形で生活が始まっています。5人がそろうことはもはや無いのかもしれません。
あれだけ一緒にいた時間が遠い過去になってしまいましたが,それでも後戻りすることはできません。私たちは様々な感情を抱きながら夢に向かって歩んでいくのみです。
いつかきっと,あれで良かったと心から思えるように。
ガチンコな子育ての現状を発信する
長男の誕生から今まで色々なことがありました。決して良いことばかりだけではありませんでした。未熟な親の体当たりの子育てです。
まさにガチンコです。
私たちのようにスポーツ選手を育て,支えている保護者の方が世の中にはたくさんいます。大変な苦労を重ねている人もいます。人知れず悩みを抱えている方もいます。
私はサッカーや学校教育を通して色々な保護者に出会い,たくさんの学びをしました。勇気づけられることもありましたし,ひどく落ち込むこともありました。
それらの全てが私の財産です。
このブログではこれまでの経験やこれからの体験を発信し,同じ境遇の方々と思いを共有できたらと思っています。