エコノメソッドでプロサッカー選手を育てるまでのブログ
(仮の題名)「サッカーが大好きな国でプレーするまでの話」

初めてのスペイン遠征

初めてのスペイン遠征

当時のエコノメソッドキャンプは関東と関西の二会場で開催されていました。長男は関西会場のMVPでした。関東のMVPとの審査の結果、総合MVPには選ばれませんでした。つまりはMVPの特典でスペイン遠征には行けないということです。そんな事情を知らなかった私はかなり落ち込みました。

しかし、自費ではありますが、優秀選手達と一緒にスペインで行われる大会には参加出来る事になりました。40万円ほどかかります。それも長男にとって初めての海外旅行です。飛行機に乗ることも初めてです。色々と悩ましい問題はありましたが、私達は長男がスペインに行くことを迷いませんでした。ついに憧れのスペインでサッカーが出来るのですから。

ついに春休みになりました。私達は長男を見送るために成田空港まで向かいました。空港で長男がもらったユニフォームの番号は8番でした。憧れのイニエスタ選手を同じ番号です。気持ちは昂りました。

いよいよ長男が仲間と一緒にトランジットへ向かう時間がやってきました。すると長男の様子が変わりました。初めての海外です。友達はいません。親元をこんなに長く離れることもありませんでした。長男の瞳からは涙がこぼれました。そんなことは後にも先にもこの時が初めてでした。

長男を送り出した後、飛行機の無事をひたすら祈りながら長い長い家路へとついたのでした。

長男はスマートフォンを持っていませんでした。だから長男の様子は遠征に帯同しているスタッフの方があげるSNSしかありませんでした。何度も何度もSNSを確認する日々が始まりました。

長男が出場した大会はマレノストルムカップといいます。公式のホームページがあったのでそちらも随時チェックして,長男が写っていないかを確認していました。

長男はこのときはまだ10歳でした。長男が所属したチームは早生まれの新中1がいるアレビンというカテゴリーでした。長男ひとりだけが10歳だったので、最初は戸惑ったそうですが、さすがサッカーは世界的なスポーツです。徐々に慣れていき、年上の子どもたちにもかわいがって、試合の合間には一緒に遊ぶようになったそうです。

スペインでは憧れのカンプノウに行ったり、サグラダファミリアを見たり、パエリアを食べたり、スペインらしさを満喫したようですが、持たせてあったデジカメには大した写真は保存されていませんでした。長男はそう言うところの気はききません。

しかしサッカーは違いました。エコノメソッドのコーチの信頼を得て、学年は下にもかかわらず、7人制の中盤で効果的なプレーを披露していました。きっとこれまでスペインのサッカーに憧れてトレーニングしてきたので、取り組んできた事の答え合わせが出来たのだと思います。これまでのトレーニングは間違っていなかった。きっとそんな感覚だったと思います。

チームは予選リーグを突破しましたが、決勝トーナメントの1回戦で負けてしまいました。長男は試合の重要な局面で起用してもらい、アグレッシブにプレー出来ていました。負けた時の悔しそうな表情は今と何も変わりません。

私達は長男を迎えに再び成田空港へ向かいました。このときは二男と三男も連れて行き、東京観光も兼ねました。長男のサッカーのおかげで二男と三男は世界を広げていきました。

空港で二男と三男を見つけた長男は照れくさそうに笑い返していました。たった一週間なのですが、私達からしたら長い長い時間で、親子で少し逞しくなったように感じました。

しかし、スペイン遠征は本当にこれで終わりでした。この先を少なからず期待していた私は落胆しました。スペインでプレーするための道は無情にも拓けず、ただスペインに行って試合をしただけで終わってしまったのです。長男にとってはスペインで視野が確実に広がりましたし、同じような思いで挑戦している仲間が全国に出来たので、全く無駄な経験ではありません。この経験はこの先の長男のプレーに良い影響を与えるに違いありません。問題は、長男が所属するクラブは三重県の田舎の街クラブであり、スペインに繋がる要素が何も無いところです。この先、私達はどうしていけばいいのかが全く分からなくなりました。

 

次回は「ついに8番を背負う長男」です。