テレビゲームを買い与えない
私はいわゆるテレビゲームが好きではないです。
自分が子どものころは散々ゲームをしていたのにです。
だから残酷にも子どもたちには一切買い与えませんでした。
子どもたちは,友だちがゲームの話で盛り上がっていたり,友だちの家に遊びに行っていたりして寂しい思いをしたかもしれませんが,それでもこだわりました。
理由はいくつかありますが,あくまで私見ですので反論は無しにしてください。
① 視力の低下
私は小学校6年生の時にファミコンを買ってもらいました。
ようやく買ってもらったので,それはそれは時間を守らずに,やってやってやりきりました。
その結果,中学校に入って急激に視力が低下しました。
ゴーグルをつけてサッカーをすることもできるかもしれませんが,当時にそんな発想はなく,高校の頃は夕方の練習になると裸眼ではほとんどボールが見えなくなっていました。
高校卒業後に眼鏡からコンタクトに変えますが,費用が掛かかるので経済的ではありません。
子どもたちの視力を守りたい。
まずはその一心です。
だから,スマートフォンを与えることにもかなり抵抗があります。
長男と二男は仕方なく与えましたが,使用している様子を見ると心が揺れます。
今のところ視力の低下には至っていませんが,今後も要注意です。
②依存症
私は間違いなく依存症でした。
家族で決めた使用時間も守りませんでした。
とくにロールプレイング系のゲームは時間がかかるので,逆に守っていたら楽しくありません。
だから,親の目を盗んでゲームをやっていました。
テトリスやぷよぷよなどの落ちもの系ゲームが出た時は,寝ようとして目をつぶるとテトリスやぷよぷよが頭の中に落ちてくる感覚になりました。
私の経験上,子どもたちも同じようになると確信しています。
文部科学省のGIGAスクール構想で,二男と三男が学校から配布されたタブレット端末を持ち帰るようになりました。
すると,私たちの目を盗んでこそこそとタブレットを使って遊ぶようになりました。
これまでゲーム機を買い与えてこなかったわけですから当然です。
子どもたちが人工的な光をじっと見つめる時間が増えてしまいました。
ICT機器を使いこなしていかなければいけない時代だということは分かっていますが,それによって視力の低下や依存が起きてしまうことは,私にとっては耐え難いことです。
実物の力
とはいえ,子どもたちにゲームをさせていないわけですから,その代わりが必要です。
それが実物に触れる機会を作ることでした。
例えば,Jリーグ観戦,Fリーグ観戦,BJリーグ観戦,プロ野球観戦,釣り,虫捕り,川遊び,漁師体験,スポーツ,家族旅行,アウトドア体験,吉本鑑賞などなどです。
特にJリーグ観戦はたくさん行きました。
選手たちのプレーだけでなく,スタジアムの雰囲気や観客の声援,生の観戦は心が揺さぶられる体験ができます。
例えば,セレッソ大阪の試合観戦で当時バリバリの若手で売り出し中の南野選手と写真を撮ることが出来たり,鯛養殖のいかだの中で鯛を眺めながら泳がせてもらったり,吉本新喜劇の舞台に特別に上がらせてもらったり。
三男が,ジュビロ磐田の試合開始前にスタジアムで寝てしまい,起きたときは次の日の朝の家のベッドだったとか,懐かしくて最高の笑い話です。
テレビゲームでは決して味わうことが出来ない体験です。
確かに出掛けていく労力はかかりますが,それ以上の価値があると思っているので毎回楽しみでした。
これから先,時代はどんどん進歩していくので,時代に取り残されてしまう恐れはありますが,柔軟に受け入れつつもこだわりは捨てたくないなと思っています。
なぜなら,それは私の孫の代にもつながるからです。
「実物には力がある。」
そう言い続けたいなと思います。